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国仲 涼子<Ryoko Kuninaka>
 
「FRAGILE」

If blood will flow when flesh and steel are one
Drying in the colour of the evening sun,
Tomorrow's rain will wash the stains away
But something in our minds will always stay

Perhaps this final act was meant
To clinch a lifetime's argument
That nothing comes from violence and nothing ever could
For all those born beneth an angry star
Lest we forget how fragile we are

On and on the rain will fall
Like tears from a star like tears from a star
On and on the rain will say
How fragile we are how fragile we are


生身のからだに鋼の刃が突き刺さり
流された血が夕日に染まって乾いて行く時
明日にでも雨が降れば血痕は洗い流される
だけどぼくらの心を襲ったものはいつまでも消え去りはしない

ことによるとこの最終的手段は
暴力は何の解決にもならず
怒れる星の下に生まれた者たちにはなす術がないと言う
一生かけての主張をねじ伏せるものだったのかも知れない
人というものがこんなに脆いと僕らに思い知らせようと

いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう
まるで星が涙を流しているようだ
まるで星が涙を流しているようだ
いつまでもいつまでも雨は教えてくれるだろう
人というものがどれほど脆い存在か
ぼくらがどれほど儚い存在か

                                                                                                                              song by Sting
 
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峯岸みなみ<Minami Minegishi>


アメリカの留学してた時によく日本人は無神論者なんだろ?と言われて腹がたったな
留学課程を終えて帰国直前の講義で
日本人の宗教観についてスピーチした

日本人は無神論者ではない、と
古くから各人が神の存在を信じてきたが神は唯一無二の存在ではない
日本神道はあらゆる宗教の根源であるアニミズム信仰を
ほぼそのままに受け継いだ多神教である、と
越山する時には山の神に祈り、海を渡る時は海の神に祈る
農民は空の神や大地の神に祈り豊作を祈願した
自然界に存在するあらゆる物に神が宿っていると敬い物を大切に扱ってきた
現代では神を意識する人々も多くはないがそれを否定するものではない
あらゆる神を認め尊敬する
キリストもイスラムもヒンドゥーも、我々はあらゆる神を歓迎し敬うでしょう
そこに対立はない
それが日本人の宗教観である

スピーチの後に静寂が訪れやばいこと言ったかな、と冷や汗かいたが
やがて大きな拍手に包まれ色んな学生から感動したと言われたよ
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伊東美咲<Misaki Ito>


東日本大震災で頑張る自衛隊のみなさまに敬意を表して・・・(*^-^)ゞ

「・・・・君たちは自衛隊在職中決して国民から感謝されたり歓迎されることなく
自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。
ご苦労なことだと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは
外国から攻撃されて国家存亡のときとか、災害派遣のときとか、国民が困窮し国家が
混乱に直面しているときなのだ。 言葉をかえれば、君たちが『日陰者』であるときの
方が、国民や日本は幸せなのだ。耐えてもらいたい。・・・・・・・」 吉田茂

 



Q.自衛隊ってどうせぬるま湯につかってる、リーマン戦士なんでしょ?

A.
・米国との合同演習後、アメリカの誇るトップガン出のエリートたちが
口をそろえて「空自とだけは戦いたくない」と明言。
エリートのプライドを木っ端微塵に打ち砕かれたか、再教育志願者が続出した。

・実弾射撃演習のためにアメリカ派遣された陸自砲兵部隊。
ばかばかしいほどの命中率にアメリカ側が恐慌を起こした。
アメリカ側が、「超エリートを集めた特殊部隊を作っても意味がない」と
本気で忠告してきた(もちろん陸自は通常編成のまま)。
ついでに、その演習を見に来ていたWWII&ベトナム生き残りの退役将校が、
「彼らがいてくれればベトコンを一掃できたし、
あんなに死人が出なくてすんだのに」と泣いたというオチが付く。

・ホークだかパトリオットだか忘れたけど、演習でアメリカ側の発射したトマ
ホークの迎撃訓練で、数十発を全弾撃墜した。なお、数十発のうち、後半は超
低空・対地誘導その他、隠蔽技術をフルに活用した上でこの成績。

おまけ
・アメリカ軍がビビルくらい滅多やたらと
士気が高いことでおなじみの海自ですが、
イージス艦について、「システムの反応が遅いから
手動に出来ませんかね」とのたわる者が居るそうな。

・海軍の蜂のパイロットが「空自はすぐにキルコールしてくる。
あんなところにかなう空軍なんているのか。」と言ったとか何とか

※キルコール:撃墜の許可申請

 



泣ける話ではないかもしれませんが... 私がホテル勤めをしていた頃の話。

ある披露宴、新郎が海自の方でした。同僚上司達は制服で出席。
披露宴も御披楽喜に近づき、新郎のおじいさんの挨拶がありました。
一通りの祝いの言葉の後に、

自分が海軍にいた事。孫が艦に乗っている事を誇りに思う事。
自分達の世代の不甲斐なさのせいで
今の海上勤務の方達には苦労を掛けていると思う事。
たとたどしくですが話されました。
同僚達は知らなかったらしく酔っ払っていたのが、
段々背筋が伸びていき神妙に聞き入っていました。
挨拶が終わり高砂の席の一人が「何に乗っておられたのだ」
と尋ねると、新郎は小声で「大和です」

それを聞いた海自組一同すっ転ぶような勢いで立ち上がり直立不動で敬礼を送りました。
おじいさんも見事な答礼を返されました。

私はその後は仕事になりませんでした。
ウェイトレスの女の子達は不思議そうな顔をしておりましたが。

 

 
数年前、故障した機を市街地から逸らす為に脱出が遅れて亡くなった
自衛官がいたよな・・・敬礼!

この話には続きがあるよ。

彼らはすぐにベイルアウトできたのに
誰にも迷惑のかからない河原まで飛行機を持っていき、
そして激突寸前に(無駄だともちろん分かっているが)射出装置を作動させました。

なぜなら、あとで事故検分のときに
射出装置をメンテナンスしていた担当のメカニックに
『おまえのメンテナンスが悪くて脱出できなかったのではない
射出装置はこのようにキチンと作動した』と
伝えるためにそうするのだと、自衛官の父から次の日に直で聞きました。

その頃俺は生意気盛りだったけど、泣きました。

軍人さん、ありがとう。

 


2年前旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。
その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。

少女「あんたら地元の人間か?」
団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」
少女「で、何しにきたんや?」
団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」
少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」
団体「・・・・?」
少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。
寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて
夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。
私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。
あんたらにわかるか?
消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。
でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」

最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。
あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。
団体は撤退。
彼女は門をくぐった時に守衛さんが
彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。


http://bit.ly/hkRTXZ

 


広島の平和集会にゲストとして呼ばれた自衛隊員に浴びせられた言葉

市民「自衛隊は無くすべきだと思いますが、自衛隊員の○○さんはどう思いますか?」
市民「自衛隊が有るから軍事的緊張が発生する、憲法違反だから自衛隊は無くすべきだと思います、自衛隊員の○○さんはどう思いますか?」

そこで自衛隊員の返事、俺はこの言葉をこれからもずっと忘れないと思う

自衛隊員「そう言う人達も守るのが、自衛隊です」

 


神戸JR三宮駅前の震災と
復興の記録を展示しているフェニックス館には、
多くの写真や資料が展示されているが、
自衛隊員が写っている写真は一枚も存在しない
記録も自治体、警察、消防、ボランティア等がほとんどで、
自衛隊に関する記述は僅かに災害の状況を示す時程表に
「自衛隊災害派遣」の1行しか認められなかった
信じられないが、神戸市はあの震災で
自衛隊がほとんど何もしなかったことにしたいようだ

今回の地震ではこんなことなく危険な場所でがんばっている
彼らの働きが正当に評価されることを望みます


 
 
これは文藝春秋2000年11月号に
掲載された阿川弘之氏の文を要約したものです。

2000年7月4日、20世紀最後のアメリカ独立記念日を祝う洋上式典に参加するため、
世界各国の帆船170隻、海軍の艦艇70隻がニューヨーク港に集結した。
翌日の5日に英国の豪華客船「クイーンエリザベス号」が入港してきたのだが、
折悪しくも2ノット半の急流となっていたハドソン河の流れに押された
巨大な客船は、あれよあれよと言う間もなく、
係留中の我が海上自衛隊の自衛艦「かしま」の船首部分に接触してしまったのである。
着岸した「QE」からすぐさま、船長のメッセージを携えた機関長と
一等航海士が謝罪にやってきた。
相手の詫び言に対応した「かしま」艦長はこう答えた。

「幸い損傷も軽かったし、別段気にしておりません。
それよりも女王陛下にキスされて光栄に思っております」

これが何千人もの船乗りたちの間で大評判になり、
ニューヨークだけでなく、ロンドンにも伝わって
「タイムズ」や「イブニング・スタンダード」も記事にし
日本のネイバル・オフィサーの
ユーモアのセンスを評価する声が高かったそうである。
「かしま」艦長、上田勝恵一等海佐の
対応の見事さは勲章ものではないでしょうか。
http://file.embraer170.blog.shinobi.jp/20110320153818_26_1-080.jpg
 
綾瀬はるか<Haruka Ayase>

村人の心理がよくわかるコピペ

マスコミには、時折、無医村、無医地区、僻地での医療の話が出ます。 
大概、そこへの医師派遣や診療所の開設を促進せよとの論調です。 
はっきり言いますと、これは、現状では馬鹿げています。 
離島を除いて、無医地区の問題は、本質的には交通問題なのです。 
現在の無医地区に、医師が自発的に診療所を開設する可能性はほとんどありません。 
もし私が他のロマンチストの医師から、一人で無医地区に行きたいとの相談を受けたら、
即座に止める様勧めます。 
例え、オンラインで情報交換や相談可能な大病院がバックについていてもの話です。

無医地区の、無医地区たる理由は、診療所の個人経営が成り立たない地域だからでは無く、
医師の子弟の教育が困難なわけでも有りません。 
そこの地域住民が悪い、殊に、自分が有力者だと思い込んでいる首長、議員、町内会長、
大地主、資産家等が、馬鹿な要求や他所者扱いや三流医師扱いをするから、
医師が嫌がって地区を出て行くだけの事なのです。 
本質的には、その地区出身の若者がいなくなるのと全く同じ理由なのです。

馬鹿な要求の例が、診察時間中に、有力者が自分や自分の縁者について、
先に診察しろと言う事、往診が必要な状態ではないのに、
俺の顔を立てて往診しろと言う事、不要なビタミン剤や点滴をしてくれと言う事、
時間内に来れるのに、特別扱いとしてわざと時間外診察を要求する事、
診察券や保険証を呈示せず口頭で受付に氏名を告げもせず、顔パスを要求する事等々です。 
直接に医師に言うとはねつけられるため、看護婦や事務員を介して要求することも有ります。

もし、その診療所が、地区の自治体立だったりすると、さらに酷いことになります。 
まず、そこに医師が赴任する事が、首長選挙の道具になることが多々あります。 
医師が赴任した時点の首長は、医師を「連れてきた」事を次の選挙の時、
功績の一つとして宣伝することがよくあります。 
この時、住民の意識の中で、医師が首長より上の存在になっていれば問題は少ないのですが、
大概は、首長の「子分」と見なされていますから、
選挙で対立候補が勝ったりすると、新首長は、診療所の運営に嫌がらせをする事もあります。 
また、政治絡みでなくとも、住民の中には、俺の税金で建てたのだから、
俺の言うことを聞けと言って、前述の馬鹿な要求をする者が後を断ちません。

他所者扱いの例は、誰でも見当がつくでしょう。 
何か、地区の為になる事を話しても「ここでは通用しない」の一言です。 
医師が地区の集会に招かれて意見を聞かれても、大概はその地区の有力者の意見に賛成を表明して欲しい、
つまり、有力者のさらなる権威付けに役だって欲しいからで、医師個人の意見は言って欲しくないのです。 
これに嫌気がさして集会に参加しないと、必ず、生意気だとの陰口をたたかれます。

家族を連れて住み着いた場合は、当然、家族も他所者で特別扱いです。 
表面上は大切にされますが、裏では、格好な悪い噂の標的にされます。 私の体験を記しましょう。 
私は田舎の開業医の長男だったので、「医者様の跡取り息子」として特別扱いされ、
その時に出来る壁のため、田舎では友達が出来ませんでした。 
弟は「跡取り」ではないため、近所に友達が出来て、皆で遊んだり喧嘩をしたり、
楽しく暮らす事が出来ました。 しかし、それも表面的な話です。

家の近くに浅い井戸が有って、そこが砂混じりの土地だったため、
自然に周囲が崩れて年々浅くなって行きました。 
ところが、地区の大人達は、弟が井戸に砂を入れて遊んだから埋まったと噂したのです。 
弟はそんな種類の悪さはしません。 
もしやったとしても、小学校入学以前の幼児が、人が頻繁に行き来する道路のすぐ脇にあって、
人の目を逃れて悪さするのが困難な、直径2m深さ5m水深2mの井戸が埋まる程に砂を運べますか。

構図は次の通りです。 井戸が埋まった→誰かが悪さをしたに違いない→犯人が見つからない→誰かを犯人にしたてなければならない→子供がやったことにすれば皆あまり目くじら立てず地区に波風が起きない→それでも仕立てられた子供の親に文句を言う先っぱしりが出て、その親が怒っても困る→誰も文句をいいにくい親の子のせいにすればよい→医者の次男坊のせいにしよう、医者は他所ものだから、我々の地区住民内ではいさかいが起き無くて済む、...というわけで、弟が悪者にされてしまいました。 田舎なんてこんなものです。 医師の家族に限らず、その地区での飛び抜けた「有力者」の家族も時として、格好の陰口の対象、彼らの人間関係維持の為のスケープゴートにされてしまいます。

さらに追い打ちをかけるのが、診療所の医師に対する「三流医師扱い」です。 無医地区に開業するとすれば、医師は必然的に軽装備になります。 重装備では採算が取れません。 そうすると、確定診断出来る病気の数が減り、患者に確信を持って説明する事も出来なくなります。 確定診断できない患者をいかに遠方の大病院に紹介しても、患者から見れば、紹介に感謝するのでは無くて、「あの開業医は病気が判らなかったから紹介した→あの開業医は薮医者だ」となってしまいます。 従って、地区の住民は、交通手段が確保されれば、簡単に遠方の大病院に鞍替えをしてしまいます。

また、住民には無関係の話ですが、大病院の医師の中には、「田舎の開業医=藪医者」と思う医師がいることです。 田舎の開業医でも、日本で2例目の褐色細胞種を見つけた医師がいます。 1例目は、某大学病院で正体が判らない副腎腫瘍として手術していしまい、病理検査の結果、たまたま褐色細胞種と判ったというもので、手術以前に診断をつけて手術し助けたという意味では、かの「田舎の開業医」が見つけたものが、日本で第1例目だったのです。私自身にしても、世界で初めて、全く自力で血中の遊離型ドパミンの測定法を開発したという経歴があります。 こんな事は、大病院の医師たちには判らなくても仕方ない事ですが、時々、初対面から不勉強な藪医者扱いされて虚しく思う事があります。 私自身は田舎医者の息子なので、大病院にいるときも決して開業医を十把一からげにしたことは一度も無いのですが...。  田舎にいるからと言って、全員が不勉強とは限らないのですが、住民のみならず、仲間の医師からも藪医者扱いされるのも、田舎が嫌になる理由の一つです。

住民に話を戻すと、無医地区なんて、現実はこんなものです。 素朴だの朴訥なんて物は、都会人の虚しいロマンに過ぎません。 無医地区には、必ずその地区で生まれ育った若者ですら、耐えられなくて都会に脱出する原因となる因習が存在し、医師が行った当初は歓迎されても、半年経たないうちに、医師はその因習と戦わねばならなくなります。 都会地でも似たような事をする馬鹿な住民はいます。 しかし都会の住民の多くは、他人を傷つけないで生活するテクニックを自然に身につけていますので、医師としても都会の方が精神的に暮らし易いのです。 これが、医師が増えても無医地区に開業しようとする医師が増えない本当の理由です。

医師も人間です。 単に、交通の便が悪いため仕事が少なくて若者が流出しているだけの無医地区ならば、医師は必ず住みつきます。 不採算に対しては診療所を自治体立にすれば良いだけの事です。 子供の学習については、中学までは自分で教え、高校は都会地に出してやれば良いだけの事です。 要は、無医地区の住民に、都会地並の、他人を傷つけないで生活するテクニックが有るか無いかの問題なのです。

皆さんの殆どは御存知無いでしょうが、実は、日本には無医地区を無くす千載一遇の機会が有りました。 第2次大戦敗戦後、都市の荒廃に見切りをつけた医師達が、続々田舎に入り込んだのです。 この時住民が、医師を人間として大切にすれば、彼らはそのままずっと居続け、また、田舎で大切にされる事が若い医師に伝われば、世代交代も順調に進み、無医地区は無くなるはずだったのです。

ところが田舎に行った医師達がそこで受けた扱いは上記の通り、さらに当時の世相を反映して、高価な品物で少しの食料との交換を願う都会の住民に対する尊大な応対、自分の2、3男が戦死して悲しむどころか、厄介者がいなくなった上に遺族年金が貰えると大喜びする馬鹿親等々、....医師で無くとも、脱出する機会が有れば、必ず脱出するのが人間として当然でしょう。 当時田舎に行った医師達は、田舎で資金を貯め、それが出来ると、次々都会地に戻りました。 私の父も、時代は違いますが祖父も、そうした医師の一人でした。

勿論、戻らなかった医師もいます。 そうした医師達は、押したり引いたり、敵の敵は味方にする等の権謀術数を使って、自らをその地の絶対的有力者と化した者達です。 私の叔父の一人がそうした医師の一人でした。 田舎の診療所で長くやろうと思うなら、この権謀術数は今でも必須です。

田舎は今も昔も変わりません。 伝統と称する因習を守り続けている人達が殆どです。 数年前、米が不作で都会地の人が田舎の農家に米を買いに来ました。 しかし農家の人達は、自家用以上の米を持っていても、分けてはやらず、「買いにきたけど売ってやらなかった」「高く売ってやった」との声が聞こえて来ました。 老人達は、敗戦直後の状況を思いだしたとはしゃいでいたそうです。

この様な田舎の状況は、余程の変わり者で先輩も友人もいない医師を除いて、医師なら誰でも知っているし、若い時のアルバイト先の病院や診療所で、1度位は田舎の因習との接触を体験しているはずなのです。 ですから、どんな誘導策を取っても、無医地区を解消するだけの医師数の確保は出来ません。 こんな事は、現場の医師の世界では昔からの常識なのです。

それにも拘らず、30数年前、政府やマスコミは医師の数を増やして「無医村を無くそう」とのキャンペーンを張り、医学部や医大の定員増や新設をやってしまいました。 新設医学部や医大に教員を供給する有力大学にとっても、自分の大学や医局の勢力拡張のチャンスであり、女々しく医局に残っていた古手の助教授や講師の追い出し先が出来たと、大歓迎されました。 しかし現場の開業医達は知っていました、医師の人数を増やそうと、そうそう田舎に行く者は出ず医師が都会に集中する事を。 

そしてさらに現場の開業医達は、医師数の増加によって、医師一人当りの患者数が減り、それを埋め合わせる為には、患者一人当りの「水揚げ」を増やさねばならず、そうなれば医療費は簡単に高騰する事も知っていたのです。 しかし、この警告は政府やマスコミによって完全に無視されてしまいました。 世情一般の競争原理が、医師にも働き、医療費の総額がそれほど増えないと勘違いしたのです。 昔の日本医師会長の武見太郎氏も、始めは医師養成数の急激な増加には反対していましたが、子弟の医大入学の機会が増えるとの一部の医師会員の声に押し切られたと聞いています。

かくして、医師数は増えましたが無医地区は残り、医療費が増加したという訳なのです。 結局、根本的な責任は、自分達の因習に固執し、千載一遇の医師常駐の機会を自ら壊し、自らの地域の若者を追い出し、他所者の移入を拒み、採算性の低下に寄与した無医地区の住民自身に有ります。 これを上滑りの「同情」だけで「無医地区を無くそう」キャンペーンに仕立てたマスコミ、医師養成数増加に荷担した政府、窓際族整理に利用した有力大学医学部、子弟の闇雲な医業継承を願った一部の医師達が共犯者なのです。

さて、無医地区解消の話をしましょう。 医師は、都市部での生活がいくら苦しくなっても、無医地区には行きません。 一番冷たい見方としては、将来を考えれば、自動車の運転が出来ない老人が亡くなって減って行くわけですから、20年位で殆どの老人が車を運転出来る様になりますので、その時点で、現在の「半径何Km以内に医療機関が無い」という無医地区の定義自体が、離島以外では無意味になります。 離島以外の無医地区の独居老人には、連絡網を張るだけで大概の用が足ります。 とすると、時間の経過で自然解消を待つという手が有ります。

次の手段としては、交通網の整備、つまり、道路の確保と家から医療機関迄の送迎や緊急搬送手段の確保です。 簡単に言えば、人の住む所には、車が楽にすれ違える程度の舗装路を通し、送迎バスと救急車の手配をすれば良いだけの事です。 これで、離島以外の無医地区はほぼ完全に消滅します。 これには金がかかりますが、従来型の公共事業として、少しは景気浮揚に役立つかもしれません、勿論、直接的採算は全く合いませんが。

無医地区の住民の意識改革は不可能です。 彼らにとってみれば、彼ら自身はその地区に住み続ける事が出来た「勝者」であり、その地区の「正しい伝統」の継承者なのです。 「勝った」者が反省するなんて、有り得ない事なのです。

以上、無医地区の無医地区たる由縁と、それが今日の医療費の高騰を招いた経緯を説明しました。 最後に、もし、これを読んでいるあなたが、無医地区の解消に情熱を持っている医師ならば、実行は慎重にして下さい。 単なる「気の毒」で飛び込むと、裏切られるだけです。 理不尽な要求を全て厳しくはねつける度胸と、その地区の因習の打破を実行してくれる賛同者を育てる能力と、時には先に書いた権謀術数を実行する覚悟が無ければ、行くのはおやめなさい。 (MAX)
 
http://file.embraer170.blog.shinobi.jp/adachi15.jpg

安達祐実<Yumi Adachi>


警察官として、自衛官として、
俺達が守ろうとしているものってのは何なんだろうな…
前の戦争から半世紀。
俺もあんたも生まれてこの方、戦争なんてものは経験せずに生きてきた
平和、俺達が守るべき平和。
だがこの国のこの街の平和とは一体何だ?

かつての総力戦とその敗北、米軍の占領政策、
そしてついこの間まで続いていた核抑止による冷戦とその代理戦争。
そして今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争。
そういった無数の戦争によって合成され支えられてきた、血塗れの経済的繁栄。
それが俺達の平和の中身だ。

戦争への恐怖に基づくなりふり構わぬ平和。
正当な代価を余所の国の戦争で支払い、
その事から目を逸らし続ける不正義の平和。

「そんなきな臭い平和でも、それを守るのが俺達の仕事さ。
不正義の平和だろうと、正義の戦争より余程マシだ。」

あんたが正義の戦争を嫌う訳は良く分かる。
かつてそれを口にした奴にロクなヤツはいなかったし、
その口車に乗って酷い目にあった人間のリストで歴史の図書館は一杯だからな…

だが正義の戦争と不正義の平和の差はそう明瞭なものじゃない。
平和と言う言葉が嘘つき達の正義になってから、
俺達は俺達の平和を信じることが出来ずにいる…

戦争が平和を生むように、平和もまた戦争を生む。

単に戦争でないと言うだけの消極的で空疎な平和は。
いずれ実体としての戦争によって埋め合わせられる。
その成果だけはしっかり受け取っていながら、
モニターの向こう側に戦争を押し込め、ここが戦線の単なる後方に過ぎない事を忘れる…
いや…忘れたフリをし続ける。
そんな欺瞞を続けていればいずれは大きな罰が下される…

「誰が下すんだ?神様か?」

この街では誰もが神様みたいなもんさ…
居ながらにしてその眼で見、その手で触れる事の出来ぬあらゆる現実を知る。
何一つしない神様だ…神がやらなきゃ人がやる。
いずれ判るさ…
 
from PATLABOR Movie 2
http://file.embraer170.blog.shinobi.jp/photo32.jpg

遠山景織子<Kyoko Toyama>


汚い仔猫を見つけたので虐待することにした。
他人の目に触れるとまずいので家に連れ帰る事にする。

嫌がる猫を風呂場に連れ込みお湯攻め、
充分お湯をかけた後は薬品を体中に塗りたくりゴシゴシする。
薬品で体中が汚染された事を確認し、再びお湯攻め、
お湯攻めの後は布でゴシゴシと体をこする。
風呂場での攻めの後は、全身にくまなく熱風をかける。

その後に、乾燥した不味そうな塊を食わせる事にする。
そして俺はとてもじゃないが飲めない白い飲み物を買ってきて飲ませる。
もちろん、温めた後にわざと冷やしてぬるくなったものをだ。

その後は棒の先端に無数の針状の突起が付いたふわふわした物体を左右に振り回して
猫の闘争本能を著しく刺激させ、体力を消耗させる。

ぐったりとした猫をダンボールの中にタオルをしいただけの質素な入れ物に放り込み
寝るまで監視した後に就寝
こうして猫をいじめあげてやろうと思う 。
http://file.embraer170.blog.shinobi.jp/kannomiho11.jpg

菅野美穂 <Miho Kanno>


私は 私であって、私以外のなにものでもない。
こころざしである。

無骨であることと たおやかであることの紙一重の差を知っている。
りりしさである。

人を感応させ、惑わせ、溺れさせ、嫉妬させるもの。
つやめきである。

造り手の汗は深く心の内に流し、 乗り手の熱は限りなくほとばしりでて。
たかまりである。


志ざしありて凛々しく、艶ありて昂むる。
志凛艶昂
http://file.embraer170.blog.shinobi.jp/20100726.jpg

本上まなみ<Honjyo Manami>



努力するものは、かくも美しいものなのか。

夢を諦めないものは、かくも気高きものなのか。

希望の光はあなたの心に宿り、

あなたの心のままに希望の光は輝く。


後は・・・あなたが努力するだけだ。
 

 

永作博美<Hiromi Nagasaku>

 

突き詰めていくことが仕事な人ほど
詰め切れない部分 どうしようもない部分があることを知っている
そのような部分もうまくいかなければ全体の成功がないことも知っている

自分達が作ったものであるのに
自分達が隅から隅まで知っているはずであるのに
自分達ではどうしようもない部分をもつ存在

もう魂や人格のようなものを認めるしかないではないか

一神教では神は一人と先に言ってしまっている以上
神ではない何かが宿ることにするか
それは神の一部だと解釈するかのようだが・・・

だがそのような存在に
すべてをやりきった人間ができることは
宗派によらずただ一つ

「どうかうまくいきますように」
 

堀北真希[Maki Horikita]
 

Do you suppose that i come to bring peace
to the world? No,not peace,but division.
From now on a family of five will be divided,
three against two and two against three.
Fathers will be against their sons
and sons against their fathers;mothers will
be against their daughters,and daughters
against their mothers;mothers-in-law will be
against their daughter-in-law,and
daughters-in-law against their mothers-in-law.

 

我、地に平和を与えんために
来たと思うなかれ
我、汝等に告ぐ
しからず、むしろ争いなり
今からのち、一家は五人あらば
三人は二人に、二人は三人に
分かれて争わん
父は子に、子は父に
母は娘に、娘は母に

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